3月8日は 【エスカレーターの日】どんな日?制定目的・意味と制定理由解説!

日本におけるエスカレーターの歴史と技術革新を広く知ってもらうことを目的として制定された記念日である。現代の駅や商業施設で当たり前のように利用されているエスカレーターが、日本に初めて登場した日を振り返り、その画期的な出来事を後世に伝えることを趣旨としている。

日付は、1914年(大正3年)3月8日に、東京・上野の大正博覧会会場で日本初のエスカレーターが設置され、運転試験が実施されたという歴史的事実に由来します。

明治から大正へと時代が移り変わる激動の時期、日本は近代化の象徴を国民に示すべく、大規模な博覧会を次々と開催していた。その中でもひときわ注目を集めたのが、1914年3月に幕を開けた東京大正博覧会である。上野の山一帯を舞台にしたこの壮大な博覧会で、人々の度肝を抜いたのが「自動階段」――すなわちエスカレーターであった。

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エスカレーターは、上野の山に設けられた博覧会第一会場の正門から、不忍池のほとりに広がる第二会場・池之端までの連絡路として設置された。その全長は約240メートルにも及び、途中は鉄橋状の構造となって地上高く架け渡された。眼下には上野東照宮の荘厳な桜並木が広がり、乗客たちは空中散歩さながらの眺望を楽しむことができた。しかし、足元で絶えず動き続ける未知の機械に恐れをなし、乗ることを躊躇する者も少なくなかったという。

動力となる発動機は二基が据えられた。池之端側には高さ約9メートル・30馬力、上野側には高さ約6メートル・25馬力のものが配置され、最大輸送力は毎分80人、昇りと降りを合わせれば毎分160人という、当時としては驚異的な輸送能力を誇った。乗車料金は1人10銭。決して安くはない金額であったにもかかわらず、物珍しさと高揚感に引き寄せられた来場者が殺到し、終始盛況を極めた。

さらに、第二会場に建てられた「鉱山大模型館」の内部にも、約15メートルのエスカレーターが設置されていた。こちらは建物内を昇降しながら不忍池の景色を一望できるという趣向で、博覧会の目玉のひとつとして大いに人気を博した。

当時の来場者にとって、エスカレーターは近代技術の象徴として大きな驚きと関心を集めた。足元から伝わる微かな振動と、ゆっくりと移りゆく景色。それは大正という新しい時代の幕開けを、五感で体感する瞬間だったに違いない。

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