8月11日は 【前畑ガンバレの日】制定の日付の意味と内容・目的とは?

和歌山県橋本市の前畑秀子・古川勝顕彰活動委員会が制定。
2023年に一般社団法人日本記念日協会に制定・登録。

同市出身で日本人女性初のオリンピック金メダリストの前畑秀子さんの偉業を後世に伝えていくのが目的。

豆腐屋で5人兄弟の2番目で生まれ子供の時は体が弱い子でした、両親は男の子の様に育て元気に育っていきました、水泳との出会いは小学校に入っての4年生になった頃学校に水泳部が出来、その時出会った平泳ぎに驚きそのまま平泳ぎ一本の道に進みます、努力の甲斐あって中学や高校と日本記録を塗り替え中学三年の時に太平洋の周囲にある国が集まった国際大会に出場、100mで優勝して世界に前畑秀子の名を発信しました、その活躍は高校に入っても伸び様々な大会で日本記録を更新し続けました。

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突然の両親の死を乗り越え、ロサンゼルスオリンピックに出場、女子200メートル平泳ぎで惜しくも0.1秒差で2位で終える、日本新記録で終えれた喜びの中、帰国も周りからの金メダルを取って欲しかったとの期待と悔しさばかりで溢れ押しつぶされそうになったが母に言われていた「最後までやり遂げなさい」の言葉を思い出し次の「ベルリンオリンピック」には絶対に優勝しなければと心に誓い凄まじい練習に明け暮れる日々となった。

第11回ベルリンオリンピックの本番、決勝が行われるのは8月11日午後3時40分、押しつぶされそうな重圧の中、決勝のスタート台に7人の選手が立ち、号砲が鳴り響くなか一斉に飛び込み無我夢中で泳いでいる時にNHKラジオアナウンサー河西三省の「前畑がんばれ!前畑がんばれ!前畑がんばれ!」23回、「前畑が勝った!前畑が勝ちました!前畑の優勝です!」の「前畑勝った!」を12回連呼の歴史に残る熱い思いのこもった放送と共に、日本女子初めてのオリンピック金メダリストが誕生した瞬間でした。二位との差は0.6秒の接戦を制した歴史に残る戦いでした。

前畑選手の活躍は、日本の女子水泳競技選手たちに勇気や希望を与え、その後の日本のスポーツ界に大きな影響を与えました。

日付は前畑さんがベルリンオリンピックの競泳女子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した1936年(昭和11年)8月11日のレースと実況が行われた日から8月11日に。


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