1945年(昭和20年)7月26日のこの日、アメリカ合衆国、中華民国、イギリスの3ヶ国の首脳が日本に無条件降伏を迫る「ポツダム宣言」をドイツ郊外のポツダムで発表した。
アメリカ合衆国の大統領はハリー・S・トルーマン(1884~1972)、イギリスの首相はウィンストン・チャーチル(1874~1965)、中華民国の主席は蒋介石(1887~1975)であった。
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日本政府は、宣言の受諾に難色を示しましたが、ソ連の参戦や広島、長崎への原爆投下などにより、8月14日に日本政府は宣言を受諾し、8月15日に国民に発表された(玉音放送)これにより第二次世界大戦が終結しました。
9月2日、東京湾内に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で、日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎及び連合各国代表が、降伏文書(休戦協定)に調印した。
ポツダム宣言の13項目は以下の内容
- 日本国政府が直ちに全ての日本国軍隊の無条件降伏を宣言すること。
- 軍国主義勢力の排除。
- 一定期間の占領。
- カイロ宣言の履行による植民地の返還と領土の制限。
- 軍隊の武装解除。
- 戦争犯罪の処罰。
- 民主主義と言論宗教思想の自由、基本的人権の尊重の確立。
- カイロ宣言の条項は履行せらるべく又日本国の主権は本州北海道に限定されること。
- 日本国民の生命、自由及び幸福追求の権利の保障。
- 日本国民の政治的、経済的、社会的復興のための措置。
- 日本国民の文化的伝統及び習慣の尊重。
- 日本国民の生活水準の向上のための措置。
- 連合国の協力による日本国の復興及び再建。
ただし、この13項目はあくまでも宣言であり、日本政府が宣言を受け入れた後、さらに具体的な条件を詰めて交渉が行われました。