寛政12年閏4月19日(1800年6月11日)、55歳の伊能忠敬(いのう ただたか)は幕府の命を受け、蝦夷地(現在の北海道)の測量のため江戸を出発しました。この蝦夷地への旅は彼の測量事業における重要な転換点となりました。
当時の蝦夷地は、ロシアの南下政策への対応が急務とされており、正確な地図の作成は幕府にとって喫緊の課題でした。彼が使用した測量器具は、天体観測用の象限儀や方位測定用の磁石、距離測定の歩測器など、当時最先端の技術を駆使したものだった。
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この蝦夷地測量は、約5ヶ月をかけて実施され、厳しい自然条件や未開の地での作業という困難を伴いましたが、これが後の「大日本沿海輿地全図」完成(1821年:文政4年)への重要な一歩となりました。現代のGPS技術がない時代に、彼が成し遂げた測量の精度は、今日でも地図学者たちを驚嘆させている。
忠敬のこの旅立ちは、単なる測量の始まりではなく、日本の地理学と国土把握の歴史における画期的な一歩であった。